涼しくて、気持ちのよい景色を増やす。

栃木県佐野市|住宅・店舗・事業所の外空間づくり

なぜ、Coolscapeを始めたのか。

Coolscapeの原点をたどると、イギリスで暮らしていた頃まで遡ります。

イギリスで印象的だったのは、自然と調和した街並みの美しさでした。

街を一歩出ると、牧場があり、石垣があり、丘や山がある。

街と街が途切れることなく続いているのではなく、その間には必ず自然がありました。

スコットランドをハイキングとカヌーで縦断したり、自転車で横断したりしたこともあります。

そこで触れたのは、圧倒的な自然の美しさと、暮らしのすぐそばにある緑でした。

自然を特別な場所へ見に行くのではなく、街と自然が隣り合っている。

この経験から、自分の中に「景観」や「暮らす場所」への意識が芽生えたように思います。

スコットランドの湖と山を望む木陰のハイキングコース

大量生産を支援する仕事への疑問

その後、コンサルタントとして、メーカーの生産性改善に携わってきました。

どうすれば、もっと効率よくつくれるか。

どうすれば、生産性を上げられるか。

企業にとって重要なテーマであり、仕事としてのやりがいもありました。

一方で、仕事を続けるうちに一つの疑問を持つようになりました。

大量につくり、大量に消費する社会を、さらに効率化することだけでいいのだろうか。

その疑問から、サーキュラーエコノミーの世界へ飛び込みました。

資源を使い捨てるのではなく、循環させる。

廃棄物を減らし、もう一度資源として社会の中で使っていく。

でも、取り組みを続ける中で、また別の感覚を持つようになりました。

社会の大きな仕組みを変えようとしている一方で、自分の目の前にある街並みや、自分自身のライフスタイルは、ほとんど変わっていない。

もっと暮らしに近いところからも、変えられることがあるのではないか。

そう考えるようになりました。

自分の暮らしから、試してみる

家庭菜園をやってみる。

家具や収納も、できるものは自分でつくってみる。

便利なものを買うだけではなく、暮らしの一部を自分の手でつくる。

少しずつ、そんなことを始めました。

そして、いつかは井戸も掘ってみたい。

電気、水、食べ物、住まい。

私たちの生活は、たくさんの便利なサービスやインフラによって成り立っています。

それを否定したいわけではありません。

むしろ、便利さや快適さは大切にしたい。

ただ、すべてを当たり前のように享受するだけではなく、自分でできることを少し増やしたい。

そして、地域の自然や人、社会とのつながりも感じながら暮らしたい。

そんな暮らしへの挑戦ができる場所として選んだのが、栃木県佐野市でした。

200年住み継がれる家を見て

家づくりにも、イギリスでの経験が大きく影響しています。

イギリスでは、古い家に住むことが一つの価値として捉えられています。

石造りの古い家をメンテナンスしながら、次の世代へ受け継いでいく。

200年近く経った家が、今も当たり前のように暮らしの中に残っています。

その姿を見て、

家を一世代で消費するものにしたくない。

と思うようになりました。

だから自分の家では、見た目だけではなく、基礎や構造、屋根、地震への強さ、断熱性といった、後から簡単には変えられない部分を大切にしました。

長い軒で外壁を守り、夏の日射が室内に入り込むのを抑える。

軒下のテラスからリビングの大きな窓、そして室内へと、風が通る場所をつくる。

機械設備だけに頼るのではなく、太陽や風といった自然の力を利用するパッシブデザインも取り入れました。

家そのものが、周囲の環境とうまく付き合う。

この考え方は、後のCoolscapeにもつながっています。

深い軒と軒下テラスを設けた佐野市の自宅

「地域循環」という考え方

仕事ではサーキュラーエコノミーに取り組み、自分の暮らしでは家や庭、食、水について試行錯誤する。

その二つをつなげるものとして、ずっと考えてきたテーマが「地域循環」でした。

私が考える地域循環は、地域の中にある資源をできるだけ地域の中で活かし、モノやエネルギー、水、サービスが、今より少し身近な範囲で回っていく暮らしです。

今の社会は、遠くでつくられたものを長い距離運び、長期間保管し、必要なときにいつでも購入できる、とても便利な仕組みに支えられています。

その便利さを実現するためには、輸送や保存が必要になり、食品を守るための容器包装をはじめ、さまざまな資源やエネルギーも必要になります。

もちろん、それらをすべてなくせるわけではありません。

ただ、もう少し地域の中でつくり、地域の中で使うことができれば、暮らしの仕組みそのものを少しシンプルにできるのではないか。

例えば、その土地で生まれる木材や有機物をエネルギーとして利用したり、地域の特性に合った再生可能エネルギーを取り入れたりする。

水も、水道水だけに頼るのではなく、用途に応じて雨水や井戸水など、その場所にある水を上手に使い分ける。

食べ物や暮らしに必要なものも、すべてを遠くから運ぶのではなく、地域でつくられたものを地域で使う選択肢を少しずつ増やしていく。

遠くから調達することを否定するのではなく、身近にある資源をもう一度見つけ、上手に使う。

そんな「地域で調達し、地域で使う」仕組みを増やしていくことが、私の考える地域循環の一つの姿です。

シンプルだけれど、スマートな暮らし

ただし、これは昔の暮らしに戻るということではありません。

便利さや快適さを諦めて、自給自足の生活を目指したいわけでもありません。

むしろ、そこにはテクノロジーやデジタルの力を積極的に取り入れたいと考えています。

センサーで環境を測る。

必要なときだけ水やエネルギーを使う。

人が常に操作しなくても、デジタルや自動化によって、地域にある資源を無理なく効率的に使う。

仕組みはシンプルに。でも、暮らしは快適に。

自然や地域の資源と、現代の技術をうまく組み合わせることで、便利さを諦めることなく、もっと地域に根ざした暮らしができるのではないかと思っています。

一方で、自分でできることを増やしていけば、これまで誰かに任せていた仕事が少しだけ自分の暮らしに戻ってきます。

植物に水をやる。

野菜を育てる。

雨水タンクを手入れする。

壊れたものを直す。

効率だけを考えれば、手間なのかもしれません。

でも、その少しの手間によって季節を感じたり、身の回りの仕組みを知ったり、自分の暮らしを自分でつくっている感覚が生まれる。

その手間さえも、暮らしの豊かさの一つとして楽しめるようになりたい。

そんなことを考えています。

私が思い描くSmart City

そして、その先に思い描いているのがSmart Cityです。

ただ、私が想像するSmart Cityは、SF映画に出てくるような未来都市ではありません。

むしろ、その反対です。

木々があり、木陰がある。

地域で食べ物がつくられ、人が歩きたくなる道がある。

その土地の素材や植物が使われ、街全体の景観が整っている。

街を少し離れれば、田畑や山、川といった自然につながっていく。

どこか懐かしい、原風景に近い街です。

ただ、その風景の裏側には、現代のテクノロジーがあります。

センサーが気温や湿度、土壌の状態を測り、必要なときだけ水を使う。

雨水や井戸水、水道水を用途に応じて使い分ける。

その土地で得られるエネルギーを活用し、必要な場所へ届ける。

人が常に意識して操作しなくても、デジタルや自動化によって、地域の資源が無理なく効率的に使われている。

テクノロジーを見せるための街ではなく、テクノロジーによって自然と心地よく暮らせる街。

私が思い描いているSmart Cityは、そんな場所です。

新しいものを次々と付け加えて未来らしくするのではなく、その土地にもともとある自然や資源を見つめ直し、現代の技術によって上手に使う。

そして、一軒の家だけではなく、庭、道路、店舗、公園、田畑、山まで含めて、街全体の景観を少しずつ整えていく。

未来へ進むことと、原風景を取り戻すことは、両立できるのではないか。

そんな街を、いつか地域の中につくれたらと思っています。

大きな構想を、身近な困りごとから

ただ、いきなり街を変えることはできません。
Smart Cityや地域循環という大きな構想を描くだけでも、目の前の暮らしはなかなか変わりません。

だから考えたのが、

Smart Cityや地域循環という大きな構想を、目の前にある分かりやすい困りごとの解決から、少しずつ形にしていけないか。

ということでした。

そして、自分自身の暮らしの中にも、街の中にもある、とても分かりやすい困りごとに目を向けました。

夏の屋外が、暑すぎる。

せっかく庭があっても、真夏の日中は暑くて外に出られない。
子どもと過ごしたり、植物を眺めたり、少し腰掛けたりできる場所なのに、夏になると使える時間が限られてしまう。

でも、暑さを感じるのは自宅の庭だけではありません。
犬と散歩をしているとき、公園で子どもと過ごしているとき、カフェのテラス席でくつろいでいるとき、ショッピングモールの駐車場を歩いているとき。

木陰があっても真夏はまだ暑く、少し休みたくても、いつも近くに涼める場所や水場があるわけではありません。

だったら、緑や木陰、水、そしてテクノロジーを組み合わせて、もっと外で気持ちよく過ごせる場所をつくれないだろうか。

自宅の庭から、公園やカフェ、街角や商業施設まで。
身近な場所から、街の景色と過ごし方を少しずつ変えていく。

その中から生まれた一つの答えが、Coolscapeです。

最初は、全くの素人でした

最初から造園や設備の知識があったわけではありません。

むしろ、全くの素人からのスタートでした。

どうすれば庭を涼しくできるのか。

植物をどう配置すればいいのか。

ミストにはどれくらいの圧力が必要なのか。

雨水をどうやって利用するのか。

センサーと設備をどう組み合わせるのか。

一つずつ調べて、設計して、部品を調達して、加工して、組み立てる。

失敗すれば、原因を考えて、また直す。

そんな試行錯誤を、自宅で繰り返してきました。

砂利敷きのアプローチでミストノズルの位置や噴霧を検証していた初期の様子

木を植え、下草を植え、雨水を貯め、必要なときだけミストを使う。

そして実際に温度や湿度を測りながら、本当に効果があるのかを確かめる。

ミストの位置や高さ、角度を変えてみる。

ポールミストを追加して、より人の近くで涼しさを感じられるようにする。

時間で動かすだけではなく、人が通ったときにミストが出るようにする。

日射についても、午後だけではなく午前中の光まで考え、木陰ができるように木を増やす。

ミストによる涼しさをできるだけ長く保てないかと考え、苔を取り入れ、種類を変えながら試してみる。

少し変えて、測って、また考える。

設備を入れて終わりではなく、環境を見ながら、少しずつ最適な形を探していく。

そんな試行錯誤を繰り返しながら、自分が思い描いていた場所に少しずつ近づけてきました。

振り返ってみると、自宅でやっていることはとても小さなことです。

でも、地域循環やSmart Cityという大きな構想も、最初の一歩はこういうところから始まるのかもしれません。

暮らしから、街を少しずつ変えていく

Coolscapeがつくりたいのは、単に「涼しい庭」ではありません。

緑がある。

木陰がある。

雨が資源になる。

必要なところには技術を使う。

そして、そこに人が集まり、外で過ごしたくなる。

自然を我慢して守るのでもなく、便利さを諦めるのでもない。

自然と技術をうまく組み合わせながら、快適で、豊かで、少しだけ自立した暮らしをつくる。

まずは、一つの家から。

一つの庭から。

そんな場所を、一つずつ増やしていきたいと思っています。

Coolscapeという名前に込めた想い

「Coolscape」という名前は、CoolLandscapeを組み合わせた造語です。

Coolには「涼しい」という意味だけでなく、「かっこいい」「スマートな」という意味もあります。

そこに、街並みや風景を意味するLandscapeを重ねました。

涼しく、心地よく、そして美しい。

自然とうまく付き合いながら、その裏側ではテクノロジーが暮らしを支えている。

そんな景観を少しずつつくっていきたいという想いを、この名前に込めています

樹木による木陰とミストを取り入れたCoolscapeのアプローチ

そして、Coolscapeは一つのサービスで終わるものではありません。

これから、「Coolscape ○○」という形で、地域循環や私たちが思い描く街の姿を実現するためのプロダクトやサービスを、少しずつ増やしていきたいと考えています。

庭から始まり、暮らしへ。

暮らしから、街へ。

まだ始まったばかりですが、その過程も含めて、このJOURNALで少しずつ紹介していきます。

一つの庭が変わる。

一つの家の前が変わる。

やがて、それが街の景色になっていく。

未来へ進みながら、自然と調和した原風景を取り戻していく。

Coolscapeは、そんな小さなところから始める挑戦です。

← JOURNAL